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坂本社長が語る。成功を掴むための「下剋上」ストーリー【生い立ち〜現在編】
プロフィール

株式会社わだちグループ
代表取締役 坂本 陽介

創業 平成17年4月
店舗数:24店舗(2024年12月時点)
従業員数 270名

関西を中心に整骨院・スポーツジムを経営。

生い立ちについて

インタビュアー: 坂本社長、本日はよろしくお願いします。早速ですが、学生時代から接骨院に入ったと聞きました。どんなきっかけだったんですか?

坂本社長: 高校3年まで野球をやっていて、夏の引退後すぐに接骨院に弟子入りしました。理由はシンプルで、野球をやっていた時にその接骨院でお世話になっていたからです。実は最初に担任の先生が勧めてくれた別の道は、素行が悪いって理由で書類審査で落とされちゃったんですよ(笑)。

インタビュアー: えー!(笑) その後、接骨院に入ることになったんですね?

坂本社長: はい。その落とされた話を接骨院の先生に相談したら、「うちに来るか?」と誘ってもらえたんです。今思えば、書類審査に落ちてよかったのかもしれません。人生の大きなターニングポイントでした。

接骨院を選んだ理由

インタビュアー: 接骨院を選んだのは、やっぱり野球が関係しているんですか?

坂本社長: 野球もありますけど、大きかったのは父親の影響ですね。父はパチンコ店の雇われ社長だったんです。当時、接骨院の給与は月給5000円だったんですけど、「お前の価値は月給5000円だ」とズバッと言われたんです。でもその後に、「ここで辞めるのか、10年後にひっくり返すのか、どっちにするんだ」とも言われて。

インタビュアー: その言葉、グッときますね。

坂本社長: そうなんです。だから、「10年後に絶対に全員追い抜いてやる」と決意しました。その上で、自分が上に立ったら、ちゃんと給料を払える人間になろうと思っていました。

学生時代の精神と接骨院での経験

インタビュアー: 学生時代からそういう「負けず嫌い」な精神があったんですか?

坂本社長: そうですね。学生の頃から「下剋上精神」が強かったですね(笑)。上下関係がある業界の方が、「くっそ~!」って燃えるタイプでした。

インタビュアー: 接骨院に入った当初は、どんな気持ちでしたか?

坂本社長: 正直、最初は月給5000円だったので、「これが自分の価値か」と受け止めました。でも、絶対にひっくり返してやると心に決めていたので、10年後の自分を信じて頑張れましたね。

治療家としてのスタートと自己認識

インタビュアー: 治療家として学び始めた頃は、どんなふうに考えていましたか?

坂本社長: 鍼灸から始めて、その後柔道整復師の資格を取りました。当時、心の中では「絶対に俺が一番成功する」と思っていました(笑)。ただ、周りからはリーダーシップがあるタイプだとは思われていなかったですね。でも、自分の中では確信がありました。

インタビュアー: 自信を持ち続けられたのは、何か理由があったんですか?

坂本社長: 父親の教えもありますが、自分が「ひっくり返したい!」という思いがずっと原動力でしたね。それと、自分にできることを一つずつ積み上げていけば必ず結果が出ると信じていました。

独立を目指して

インタビュアー: 独立を決めたのは、いつ頃だったんですか?

坂本社長: 最初から独立しようと考えていました。それを雇い主にも隠さず伝えた上で働き始めましたね。就職先の会社は当時2~3店舗規模で、その中で院長も経験させてもらいました。目標は「3年目安で店舗を見つけて独立すること」でした。

インタビュアー: その中で影響を受けた方はいらっしゃいますか?

坂本社長: いました。就職した先の社長で師匠にあたる方ですね。その方の話を聞いた時に、「この人について行った方がいい」と直感的に思いました。人柄や話し方から学ぶものが多かったです。その方とは今もゴルフに行ったり、仲良くさせてもらってます。

創業とスタッフの言葉

インタビュアー: 創業はどのように進められたんですか?

坂本社長: 2005年に27歳か28歳で創業しました。まずは自分の力で1店舗目を運営し、30歳までに分院を出すことを目標にしましたね。その中で印象的だったのが、スタッフから言われた言葉です。「これからどうするつもりですか? 1〜2店舗の規模ならついていこうと思わない」と。

インタビュアー: それは強烈な一言ですね!

坂本社長: 本当にそうです(笑)。それで「日本一院長陣の給料が高い会社にする」というビジョンを掲げることにしました。25歳から30歳にかけて、結婚や家族といった節目が訪れる中で、「やりがい」だけでは仕事は続かない。次に必要なのは給料だと考えました。

社長としての役割と父親の教え

インタビュアー: 創業当初から、社長として悩むことも多かったのでは?

坂本社長: 小規模の頃は、自分の立ち位置や役割で悩みました。でも、規模が大きくなると今度は「人」に悩むようになりましたね。現場に立つのが好きというわけではなく、「自分の働きぶりを見せたい」という思いがありました。中小企業の社長は、プレーヤー、経営、マネジメントを全部やらないといけない。それを治療家40~50人に見せていくためには、自分も必死に動く必要がありました。

インタビュアー: それはハードな働き方ですね…。

坂本社長: 父親の教えが大きかったですね。「全てを犠牲にして仕事をする数年間が3回は来る。それを乗り越えられないと次のステージには行けない」と言われていました。今も社員には「いずれ分かる時が来る」と伝えています。

成長と現在の事業展開

インタビュアー: 現場から抜けた後、会社はどのように成長したんですか?

坂本社長: 6年前まで現場に入っていましたが、その頃はまだ8店舗規模でした。そこから現場を離れるタイミングで「成長速度を上げる」とずっと話していて、今では27店舗まで増えました。その間にフィットネス事業も始めて、今11店舗まで展開しています。将来的にはさらに成長させたいと考えています。

求職者の皆様にメッセージ

インタビュアー: 最後に、これから独立や成長を目指す方へのメッセージをお願いします!

坂本社長: 今の自分の価値がどんなに低く感じても、それが全てではありません。「10年後に必ずひっくり返してやる」という気持ちで挑戦し続けてください。苦しい時期が来ても、それを乗り越えた先に次のステージが待っています。焦らず、一歩ずつ進んでいきましょう!